カントリー・ロード
私が生まれ育った故郷は山と海に囲まれた何もない町だった。遊ぶ場所もおしゃれな店も流行りの物もない田舎。
自然豊かで長閑なところだと言えば聞こえはいいが、狭い世界に閉じ込められた閉塞感が漂うつまらない町。私にはただそう感じていた。
退屈で窮屈で将来を悲観した私は19歳の秋に半ば捨てるようにして故郷を飛び出した。蓄えなんて全く無くて就職先も決めずにまさに裸一貫で、新しい地での生活に心を弾ませ田舎を出たのだった。
当時の私は世間知らずで無知で、しかしその未知の未来こそが希望のすべてだったのかもしれない。何も怖くなかった。そう、何も怖くなかったのだ。
もう戻らないと、戻るつもりもないと故郷に背を向け新天地へ飛び立ったことを今でも後悔はしていない。むしろ、あのとき故郷を出ていなければ今の生活は手に入らなかっただろう。家族も、職もまったく違う世界線が存在していたかもしれない。
あれから20数年が経過し、故郷で過ごした年数よりも今住んでいる街の方が居住年数を上回った。田舎と違い、街の様子が慌ただしく変化する新天地での日々はあっという間に過ぎていったように思える。随分便利になった暮らしにすっかり馴染んでしまい、使い慣れていた方言もいつの間にか出なくなった。第二の故郷で私は今、一生懸命に生きている。
たまに田舎に帰ると、相変わらず山と海が出迎えてくれる。しかし変わらない風景に見える中に少しずつ新しい店が出来、家が建ち、高速道路の高架が繋がっていく。町を上げてブランド産品までも作り、それを目当てに観光客が増えたとか。何もないと感じていた退屈な町に息吹を感じる。どことなく嬉しい気持ちになるのは私に故郷を愛する心が在るからだろう。散々侮蔑の目を向け捨てた故郷なのに皮肉にも程がある。きっと年を重ねて郷愁が芽生えたものによる故郷を想う気持ち。そうに違いない。
戻らないと決めた故郷。
戻れない故郷。
けれどあの雄大な山々を見ると、潮風に包まれると、澄んだ空気が、満点の星空が、ノスタルジーに浸るには十分すぎるほどの愛郷心が湧いてくるのだ。
勝手だなと呆れてしまう。
それでも私はいつか生まれ育ったあの場所に帰りたい。
【後書き】
大げさに綴っていますが、今住んでいるところから実家までは車で一時間もかかりません。滅多に帰省しないので年に数回帰る田舎に望郷の念に駆られるのでしょう。
むしろ数ヶ月に一度帰省するくらいがちょうどいい。田舎の良さを実感するにはそれくらいの距離感がちょうどいいのです。
先日夫と故郷の近くまでドライブに行きました。そこも山と海に囲まれた長閑な町。県外者が多く訪れていました。


海鮮丼食べた。美味しかったです。
小さい頃から新鮮なお魚食べつけてきたから舌は肥えてますよ。それだけは田舎で育ってよかったと思える唯一の自慢。
動物園
初夏。新緑薫る季節。生命の息吹を感じる豊かな季節。
いや、初夏ふっ飛ばして夏。暑すぎる。
そんな日差しが容赦なく降り注ぐ中、動物園に行きました。体力を貯蔵するため前日たっぷり睡眠を取り日焼け対策も抜かりなく!
アラフォーすぐにシミになる。(標語)

ヤギだよ~。メェ~。

みんなのアイドルカピバラなのら〜。カピ〜。

亀っす。押忍。威嚇してすまんっす!

リスザルだお。(多分)

カバだね。まごうことなきカバ。
可愛らしい動物に癒やされアップダウンが激しい道のりをどんどん進んでいく。『どんどん』と軽快のように表現しているが実際は『ヒイヒイ(泣)』。足が前に進まないの。同行した子供たちは走って進むほど元気。その元気さをわけてほしい。途中休み休み水分補給をしっかり熱中症にも気をつけながら、動物園を楽しむだけなのに体感的には難関コースの山登り。どんだけ。
余談だが、中学生の子供に「中国」と言おうとして「ちんこく」って言ってしまい微妙な空気が流れた。「あ、もうそういうのでは笑ってくれないのね。成長してるんだね…」と感傷に浸る場面もあったっけ。。
2時間ほどで園内を一周し私の体力も限界を迎えた。ちゃんと睡眠を取って挑んだのに。ポンコツ加減が如実に表れており、水筒のお茶を飲む際に3回もこぼした。お気に入りのアディダスのTシャツにシミができてしまった。自分の顔面のシミに気を取られるばかりにまさかこんなっ…哀

帰宅すると眠気と疲労が一気にきて2時間泥のように眠った。意識が飛んだかと思った。私、あと40年は余生があると思うんだけど大丈夫かな?子供たちは帰宅後一睡もすることなく普通に元気だったのに。動物園で楽しみました♪キャピ♪ってテンションの記事が書きたいよ。そして体力がほしいです。
お酒にまつわるEpisode
タイトルが【渚にまつわるエトセトラ】っぽくなっちゃった。語感がね。エピソードをローマ字表記にする小賢しい感じも出しちゃった。あざとさは皆無な私だけど小賢しさは小出しにして生きています。無論モテません。人生に三度訪れるというモテ期は私にはあったかしら?誰か私にあざとさと田中みな実(敬称略)の美貌を私にください。
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記憶の扉〜いつも心にグッチー's〜
YouTubeでNHK教育テレビ『ハッチポッチステーション』のオープニング動画を観た。
なんでだろうね、泣けた。
「ハッチポッチステーション!」の掛け声の後に始まる軽快なメロディー。今でも諳んじることができるくらい覚えているアッパーな(?)歌詞。
走馬灯のように蘇る当時の記憶。
もう20数年前にもなるのか。
え、そんなに経ったの。
ちょ信じられないよ。。。
ジャーニー。。。(ハッチポッチステーションの主要キャラ)
高校生だった。
妹がまだ幼かったからNHKの子供番組はよく一緒に観ていて、妹がいないときも毎日視聴するくらい教育テレビの虜になっていた。
帰宅後制服を着替えずにとりあえずごわつくブラを剥ぎ取りノーブラになるのが習慣で、そしたらそのまま一眠り。
軽く睡眠を取って起きたらNHK。(回し者じゃないです、悪しからず)
冒頭のハッチポッチステーションをボーっと観ていた。
グッチ裕三(敬称略)の外国の歌のオマージュはよくわからなかったけど『サークルゲーム』のコーナーは好きだった。
グッチ裕三(敬称略)以外のキャラクターはパペットマペットで独特な顔が印象的なんだよね。
あれは駅が舞台の設定だったようだけど結局のところそこはあまり触られていなかったような。
オープニングの歌詞にも『めったに電車はこないけど』とあるし。田舎の辺鄙な過疎化した駅なのだろう。
グッチ裕三(敬称略)もあの頃はまだ若かった。ジャーニーの声優は林家正蔵で、ダイヤさんが兵頭まこさん、エチケットじいさんが中尾隆聖さん(フリーザ様)だったね〜。グッチ裕三とゆかいな仲間たちって感じのほのぼのとした様子が良かった。
ストーリーを追わなくていいからボーっとした頭でも観ていられたし。まぁコメディ的な内容だったから。
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『その話聞いた』問題
誰かと会話をした事があるという人はきっと誰しもが経験のあることだと思う。
『あ、この話前に聞いたわ』
私は頻繁にある。そして自分もよく相手にそれを経験させているだろう。
皆さんそれに対しどう対処されていますか?対処法を練るほど大層な問題ではないのだが、少々建設的に向き合いたいと思う。
・『それ前に聞いたよ』
いっそ相手にストレートに伝える。
別に悪いことを指摘しているわけじゃないのだから相手も怒ったりはしないだろう。
私はこれ、長々と続くストーリー仕立ての話を相手が3回目話し始めた序盤に告げることがある。(2回目は初めて聞いたふりをすることが多い)
ただ、前に聞いたことがあるよと告げたにも関わらず掻い摘んでまだ続きを話そうとするおしゃべり猛者もいるので解決には至らないままなのだ。
・何度でも聞いてあげる
慈愛ですね。仏の心で。またはメシア。
オチも知っている話を何度も聞くのは耳にタコだが相手が気持ちよく話してくれればそれでいいじゃん。
途中相手が以前話したことに気付いた場合でも、『そうだったっけ?』ととぼけりゃいいし。平和的解決。
ただ、回を重ねるごとにリアクションが薄くなるので相手を満足させられない危険性を孕む。でもま、そんな深刻に考えなくていいじゃん♡
・合せ技
『あっそれ前に聞いたことある〜確か◯◯が✕✕だったんだよね?』
相手とまた話を振り返る。おさらい的な。以前に聞いたことがある話だと認識させつつ、でも私も乗ることで相手も『私の話覚えてくれてたんだ〜。』となり好感を持たせることができる。かも。いやどうだろ。
まぁお互いに悪い気はしないはず。
・意識をどこかに飛ばす
『この話4回目〜』とか思いながら相手のほくろなどを見て会話を意識に入れない。
たまに悪性のほくろの場合もあるので気がけて見てあげて。
気持ちよーく話すそれはもうほくろだと思おう。イボでも可。
しかしこれは相槌を適当に打ってはならぬので難易度の高い技である。ついうっかり『あ〜ほくろがね〜』なんて言おうものなら相手が激怒すること請け合い。気心の知れた相手だけに留めておこう。
まとめ
会話とは話し役、聞き役がいて初めて成立するコミュニケーションと言えよう。
会話を日常的に交わすことでより相手と親密になることもあるだろう。
楽しく談笑したり時には悩みを打ち明けたりと様々な会話が生まれ時間を共有する。
その人を知る、また自分を知ってもらうにも有用な手法なのだ。
まーとどのつまり四の五の言わず今日も楽しく喋べろうぜ!ってこと。
余談だが、友達と話しているときに『あ、私これこの前も話したわ。』と気付くのだが友達が全然気付いてない様子で続きを聞き出してくることが何度もあるんだけど、
それってつまり私の話は友達の記憶に残らないってこと?いと悲し。